前日 | |||
久々に友人数人と食事。何だか変な日。人にはそれぞれ、それぞれの神様からもらったお役目があるんだなあ・・なんてぼんやり考えてしまった。6人いれば6通りのお役目。そして、それぞれお役目を持っているからこそ、一緒にいたりするんだろうなあ、なんて思ったりして・・・。明日は満月。何だか不思議な日。
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満月 | |||
「千と千尋の神隠し」を見た。久々にショッキングな映画。涙がとどめなく流れてきて、コトバにすると大切なモノが消えてしまいそうでコトバにならず、ただじっと抱きしめる他なかった。宮崎駿という人はすごいなあ・・・と思った。もの凄くいろいろなことを考えた。何から始めたらいいのだろうかと考えた。意識しすぎてもダメだし、意識しなくてもダメなのだと思った。それにしても、この映画の観客動員記録が「タイタニック」を上回ったなんてすばらしい!!まだまだ捨てたもんじゃない、と思えた。そして、そんなことも含めて少しだけ希望の光が見えた、ような気がした。
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実感 | |||
ニナガワ・ダッシュ・カンパニー公演「待つ・2001」の稽古場に行った。カンパニーの人たちが自分たちで本を選び、芝居を創り上げ、発表し、蜷川さんがいいと思ったものだけを残し、いくつもの短編を一つの作品にまとめ上げていた。せっかく創っても、よくなければ却下され、芝居が悪ければ即他の役者に代えられてしまう。みんなぎりぎりの状況に追い込まれているから命がけ。活き活きしていてとても楽しそうだけど、ものすごい真剣勝負。みんなの様子を見ながら、自分は本当に真剣に仕事をしているだろうか、もしかするともっと出来たのではないか?実は全然やっていなかったのではないか?というような感情に襲われた。ベニサン・ピットでのカンパニー公演のため蜷川さんも、何の制約もなく楽しそうだった。こんなに嬉しそうに演出をしている姿は初めて見たかもしれない。芝居のダメ出しも、いつもより厳しいけれど、いつもより愛情こもっていて、ちょっぴりジェラシー感じた(笑)。きっと、蜷川さんにとって、カンパニーのみんなは我が子の様にかわいいのだろう。こんなふうに怒られていいなあ・・・と思った。だからこそ、蜷川さんがここで話していることは一つももらさず、大切に聞いておこうと思った。この場に呼んでくれていることに感謝した。
「リアルの違い」・・・その場、その場においての"リアル感"というのは違うのだ、というような話をしていた。例えば古典劇をやるときと、現代の何気ない様子を芝居にするときとでは"リアル感"は違ってくるわけだから芝居の仕方も変わるはずだと・・・。そんな話を聞きながら、この"場"によっての"リアル感"の違いって日常生活の中でもあるよなあ・・・とぼんやり考えていた。例えば、仕事場での自分、プライベートの場での自分、Aさんと話をしているときの自分、Bさんと話をしているときの自分・・・・でも、そのどれもが自分で、全てがリアル。何だか多重人格者のよう。(笑)
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仮想 | |||
映像が素晴らしいと話題になっていた映画「ザ・セル」をビデオで観る。簡単に言うと、人の意識(仮想現実?)の中に入って行って、様々な問題を解決するという話。その仮想現実の部分の映像が、何だかモダン・アートでも観ているかのように綺麗なのだ。(確かにモダン・アートからパクッているモノもあるんだけど・・・)ちょっとビックリ。映像だけでも充分に楽しめる!! |
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踊体 | |||
ケン・イシイさんが渋谷の某クラブでDJをやるというので見に行った。ラブホテル街のど真ん中にあるクラブに行く時は、なんだか妙に緊張する(笑)。何だか、あの辺の雑多な感じはヘンだよなあ・・・面白すぎるし、とっても奇妙に感じる。それにしても、クラブに行くなんていつぶりだろう?ただでさえ人混みが苦手なのに、あまりに多くの若者が溢れ返っていて、さらに緊張(笑)。学生の頃から、ガヤガヤしたところが余り好きではなかったので、第三倉庫も椿ハウスも、ゴールドもジュリアナも行ったけど、今一はまれなかったというのが事実。ケンさんのレコードを回しているときの姿はとても軽やかで、音に身を任せキュートだったけど、他のDJの人が創った音とどれ程の違いがあるかまでは人混みに紛れすぎてよくわからなかった。(ゴメンナサイ・・・)でも、ケンさんの軽やかな動きを見ていると、これ程までに音に、流れに、身を任せられるのだから何をやっても、どんな音を入れ込んでも、間を外さず気持ちのいい音を出すのだろうなあ・・・という想像はついた。だから、そのキュートな姿を見れただけで、今日はよしとしましょう!
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少年 | |||
今度出演する映画のカメラテスト。撮影は全て、デジタル・カメラで撮影されるらしく、照明や肌の色味調整などが難しい為らしい。どこの撮影現場でもそうかもしれないが、今回の映画では特に監督が一番ウキウキしているように見えた。この映画の制作は監督の長年の夢だったらしい。とても、男の子が好きそうな夢のあるお話。きっと、撮影現場ではスタッフ&キャストの男の人達がみんな少年のようになってしまうのだろうなあ・・・とぼんやり考えながら笑ってしまった。
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電車 | |||
電車に乗って鎌倉へ・・・久々の横須賀線は気持ちいい。黄昏時の光を浴びながら、景色の流れて行く様を眺めていると、ちょっぴりセンチメンタルな気分になってくる。これからどうなっていくのだろう?・・・景色の流れは、時の流れとリンクする・・・自分のこと、世界のこと、いろいろ、いろいろ・・・・。
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平和 | |||
ついにアメリカの報復が始まってしまった。こころのどこかではそうなるかもしれない、と覚悟はしていたが、やはりショック。ついに踏み出してしまったのだ。世界の行く末については、まだ想像出来ない。いや、想像したくないのかもしれない。まだ、可能性があると思いたいからだ。それでも、具体的な解決策についてはわからない。ただ、こんな時だからこそ余計に"愛"について考える。オノ・ヨーコさんがNYタイムズに「イマジン」の歌詞を出していた。"愛"や"平和"について唱え続けたジョン・レノンの魂は今もなお生き続けている・・・。
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断髪 | |||
そう言えば、先日髪をバッサリ切った。しばらく長かったのでスッキリ、サッパリ!!髪を切ると、なんでこんなに気分までサッパリするのだろう?やっぱり髪には、その年月分の記憶がストックされているからだろうか?女の子が失恋すると髪を切ったりするのも、そのせいかもしれない。(あ、別に失恋したわけではありません・笑・)しかし、しかし、同じシンプルな黒のセーターすらも髪型一つで違った服に見えてしまうのですごい、すごい!!これから少しずつ冬に近づいて行くのが、楽しみになってきた。
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聖地 | |||
大阪で映画「ミスター・ルーキー」の制作発表。ミスター・ルーキーこと長島一茂さんは、大手ビール会社に勤めるサラリーマン。けれども、夜は覆面して、奥さんや子供、そして、会社にまでナイショにして、プロ野球選手を勤めている。そんな彼と彼を取り巻く人達の愛と夢が溢れる、ライト・タッチなエンターテイメント・ストーリー。現場にいると、男の人達がみんな、自分事のように楽しそう(笑)。彼らの話を聞いていると、野球場というフィールドが、まるでキラキラ輝く聖地のように思えてくる。きっと、私にとって撮影所や劇場という空間が聖地に思える様に、彼らにとっては(野球選手にとっては)野球場が聖地なのだろう。今回の撮影は、夢見る少年のような男の人達を、傍らでニコニコ眺めながら楽しんで進めて行かれたらなあ、と思う。
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空間 | |||
東京都現代写真美術館に「手探りのキッス 日本の現代写真」展を見に行く。7人のカメラマンによるグループ展だったが、個人的には米田知子さんの作品が好きだった。フロイトの眼鏡のレンズを通して見たユングのテキストだったり、谷崎潤一郎の眼鏡のレンズを通して見た妻への手紙だったり・・・。そこには、そのモノとモノとの空間を写し出すことによって、その人と相手との感情の歴史の積み重ねが写し出されているようで面白かった。目に見えるモノを提示しながら、目には見えないものへと誘っていく・・・そういう表現の手法が私は好きだ。
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外野 | |||
「ミスター・ルーキー」の顔合わせ&本読み。 |
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想像 | |||
お天気がいいのでお散歩。最近、秋晴れが続いて気持ちいい!こころ穏やか、のんびりデー。休日でお天気がいいと、街の雰囲気も違って見えるから面白い。人々の気分が街の雰囲気まで変えてしまうんだからスゴイ!だから「想像しようよ、平和な世界を・・・」と「イマジン」の歌詞がココロの中で鳴り響き、真剣にそう願った。人々の想像力が世界を変える。だから、お願い、「想像しようよ、平和な世界を・・・」
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笑々 | |||
三谷幸喜さんの舞台「Bad News・Good Timing」を見に行く。 |
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実力 | |||
井上尊晶さん演出の「カスパー」の稽古を見に行く。 |
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出逢 | |||
電車に乗って大阪へ、、、。 |
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祈願 | |||
雨でロケ中止。 |
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一体 | |||
最近、自分の中で異なると思い込んでいた2つのことが少しずつリンクしてきた。これって、自分的には結構進歩?ちょうど、"裏"を突き詰めて行くと"表"があるように、"表"を突き詰めて行くと"裏"があるように、しいては"表裏一体"となるように、、、。うーん、ちょっと違うかもしれないが、それに近いことかもしれない。うまくコトバでは説明できないが、当たり前のことを当たり前に消化することができたのかも???とりあえず、少しいい感じ。それだけ。
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黄昏 | |||
仕事が昼過ぎに終わったので、電車に乗って京都まで出かけた。夕方、河原町に着き、鴨川縁を散歩する。斜光が水面を照らし、オレンジがかった優しい光がキラキラ眩しい。ちょうど犬の散歩時間らしく犬を連れた近所の人たちがお互いに挨拶を交わし、歩いていた。平和な風景。時間と共にオレンジ色の光は青白い光に変わり、空の色も藍色へのグラデーションと化す。橋の上の街灯に明かりがポツンポツンと着き始めると、空には弓矢のような二日月(?)が美しく輝きはじめた。刃物の先のように鋭い月の光がしなやかで美しい。河原に聳え立つ一本の気が影絵となって、なんだかマグリットの絵のようだ。気持ちのいいトワイライトゾーン。
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疑問 | |||
昨夜、作家の平野啓一郎さんと食事をする。平野さんも今回のテロ事件について、テレビを見ているといろいろなことを考えてしまって、虚構の世界で表現している自分の筆がなかなか進まないんだ、と言っていた。こんな時、表現者はみな、自分のやっていることは一体何の意味があるのだろうと、もどかしくなるのかもしれない。
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妄想 | |||
青山のカッシーナでエキシビジョンをやっていたので、見に行く。やはりカッシーナの家具は綺麗だなあ・・・。 |
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門出 | |||
「カスパー」の初日。ワーイ、ワーイ!!素晴らしい演出、素晴らしい芝居!!ココだけの話、この前の稽古を見に行った時には「大丈夫だろうか?」とちょっと心配したが、さすがプロ!!どんなことがあっても、やはり初日までにはちゃんともっていくものだなあ、、、と唸ってしまった。ある限られた時間の中で何とかしなければならない焦り、幕の開ける怖さ、産まれる喜び、産まれた後のポッカリ感、ちょっとした寂しさ・・・。コレって、頑張った人にしか味わえない快感なんだよなあ・・・。あーん、いい仕事したーい!!、、、と同世代のがんばる姿を見て、切に思ったのでした。
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洗礼 | |||
昨夜の雨に洗われて |
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直感 | |||
長島一茂さんは本当にまっすぐで繊細な人だなあ、といつも思う。話をしていると、一茂さんはいろいろなことを全て体で理解している人なのだということがわかる。今まで自分の回りにはあまりいないタイプの人だったので、一緒にいるととても楽しい。そして、いろいろな事に気付かされる。このまっすぐで感覚的な感じは、やはりお父さん譲りなのだろう。今日一茂さんは「コトバが上手い人よりも、うちの親父のように、話を理解するのに通訳がいるような人の方が人として信じられるんだよね。」と言っていた。
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捕冷 | |||
風邪をひいてしまった・・・・。 |
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恐怖 | |||
スイスのアーテイスト・シルヴァーノ・レペットの展覧会に行く。彼はドキュメンタリー・フィルムなども手がけるビデオ・アーテイストで、その作品は、風や光や空気を感じるような透明感を持ちながら、底知れぬ恐ろしさを孕んでいるモノだった。スイスという中立国の中にもそれを守る為の軍事施設がある。そこに人間の行いの矛盾と性がある。それを感覚的に描いているように思えた。素晴らしい作品!!
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無色 | |||
デヴィット・シルヴィアンのコンサートに行く。終演後、楽屋に行ったら、想像していたよりもずっと透き通った顔をしたデヴィットがいた。その透明な感じは、肌に触れると、そのまま突き抜けてしまうのではないかと思うほどだった。笑顔が優しく、壊れてしまいそうだった。あの深く、哀しい声はその透明感から来るのだろうか? |
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遊覧 | |||
電車に乗って、瀬戸大橋を渡る。浮世絵で見たような、小島が点々と浮かぶ美しい海。何だか小旅行気分。けれども、その変わらぬ景色の中、「私は一体ここで何をしているんだろう」という不思議な気持ちが芽生えてくる。自分の所在が曖昧になっているのだろうか?これが四国の空気か、浮遊した意識を風に流すことにした。
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劇場 | |||
金比羅大芝居に行く。ここは天保以来の由緒ある最古の劇場。建築物としても面白いが、やはり役者としてココロがとても踊る場所。この時ばかりは、ここで芝居をすることの出来る歌舞伎役者がとても羨ましくなった。劇場にはその時その時に立っている役者・そして職人、観客の魂が宿る。歴史と共にある、その魂に込められた「思い」がこの劇場の重みを作っている。そして、そこに立つ役者を見守ってくれている。あー、こんな劇場で芝居が出来たらいいなあ・・・。
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普遍 | |||
フェリーに乗って、直島へ行く。今、ここでは島の家々や路地、以前使われていた施設の建物を使って美術展が行われている。まるで、オリエンテーリングのように地図を片手に島を回る。その島の雰囲気、展示室となっている建物をも含めたアート表現。今は廃墟となっている、時間が止まってしまった空間と、時代を動き続けているアートとの組み合わせが、対照的にも関わらす、とても上手に融合していて面白かった。http://www.naoshima-is.co.jp
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情操 | |||
大阪へ戻る途中、倉敷に寄る。町全体が時代村のよう(笑)。ピョンと飛びあがって着地したら、髪を結い上げ、着物を着ている自分が立っていそうで可笑しかった。イヤー、美しい、美しい。ひとつひとつのモノに愛情を込めて職人さんが創っていたのだろうなあ、ということが細部から伺える。と、同時に、本当に今(現代)はいろいろなものが簡単になっているなあ、と思う。手間暇かけて、心を込めて創ったものなど、街を見渡してもそうそうないのだから、子供達のココロの教育がままならないのは仕方がないのかもしれない。残念だなあ・・・やっぱりアナログ思考の私としては職人さんの手創りモノが減って行ってしまうのは哀しい・・・。
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