誕生 | |
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今日は私の誕生日である。きりがよいので今日から日記を付けることにした。「きりがよい」????一体、何の「きり」がよいのだろう?誕生日というコンセプトがわかるようでよくわからない。先日、本を読んでいたらアボリジニア人にとっての誕生日とは明らかに自分がひとつ大人になったと感じられた日を言うらしい。そして、その日に村の長老にそれを申告し、長老もそれを認めてくれたら村で誕生祝いをするという。長い(???)人生の中で人は何度も脱皮するのだろうから、その考え方には納得がいった。 そういえば、保坂和志さんの「この人の閾」という本のあとがきで大貫妙子さんがこんな文章を残していた。
「たとえば私が10代の頃に読んだヘッセの「デミアン」の中に”鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという。」というのがあって、若かった私は「おお!」と、目からウロコが落ちて、深くこの行数に感動した。しかし、アプラクサスとは、神的なものと悪魔的なものとを結合する象徴的な使命を持つ一つの神性の名と考えられていて、つまり、神でも悪魔でもある神であったのだ。しかも、ひとつの世界を破壊してもさらにまた破壊せねばならない世界がまっているのだということが、おとなになるとわかるのだけれど。」と。私もむかし、「デミアン」を読んで大貫さんと同じことを感じた。私が思う、「誕生する」と言うことはこういうことで、人生の中にはこのような瞬間が何度かあるのだと思う。まあ、これを「誕生」というか「脱皮」というか「禊ぎ」というかはその人の自由なのだけれど・・・。 |
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花粉 | |
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ここ数日花粉症がひどい。思考能力は落ち、何だかそれに伴って体力すら落ちているように感じる。「あーーーどうにかしてくれーーー!!!!」これでは呼吸することすら困難である。しかし話に聞くと、花粉は前年に伐採した木に比例して飛ぶらしい。そう考えると、なんだか急に申し訳なくなる・・・。木になって考えてみれば「どうにかしてくれーーー!!」はこっちの台詞なのだ。
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キノコ | |
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「真由は山の住人で、大きな木々に囲まれて、嵐の時は暴風雨を防いでもらい、晴れの日は木漏れ日を浴びながら、笠を大きく広げ自分の菌を飛ばしているキノコだなー。」と言われた。なるほど・・・・。
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顔無 | |
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打ち合わせに行った。顔の無い人達ばかりで驚いた。 生気というものが全くなく、部屋はマイナスエネルギーで渦巻いていた。マイナスエネルギーはマイナスエネルギーを呼ぶ。危険だと思った。 なにが危険かというと、そういう状況に自らを追い込んでいるその人達が危険だと思った。ダライラマは今起こっているひとつの現象には多くの原因があると言っていた。その原因の一つ一つを探り、順番に解決をしていかなければならないと言った。とても、時間がかかることだが、それが苦しみからの解脱の道なのだと思う。 |
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心解 | |
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先日NHKでやっていた「ダライラマー日本人への問いかけ」を観る。 |
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鎧 | |
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テレビ東京に「美の巨人」と言う番組がある。今日はスペインの画家、サルバトール・ダリがテーマになっていた。ダリは食べ物を敵と味方に分けていた。<敵>ほうれん草。「私は知性で把握できる、明確に一定した形のものしか食べたくない。ほうれん草を嫌悪するのは全く無定型な性質であるからだ。」<味方>甲殻類、貝類。
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春眠 | |
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ここのところ、なんだか気分が曖昧だ・・・。 |
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