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70%演出にみられるココロの許容量
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tsuruta
先日、今までは120%自分で決めて演出をしていたけれど、最近は70%位に抑えて演出をしている、とおっしゃっていましたが、それはいつ頃からなんですか?
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ninagawa
5年前位かな。
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t
それには何かきっかけがあったんですか?
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n
自分が傲慢だな、と思ったんだね。ものすごくいい時はいいんだけれど、作品に余裕がなくなる。その頃は、少し神経症にしながら自分を追い込んでいたから、いい時はいいんだけど、少し病気っぽいんだよね。それから他人の想像力が自分よりいいと思う時もある。俳優の演技なんかがそうなんだけど・・・だからそれが出来るような隙間をちゃんと開けておかないと、みんな拒絶するんだよね。この人だったらこれが成り立つけど、他の人だったら成り立たないな、と思う芝居もあるわけ。例えばAさんにしか成り立たない演技とBさんにしか成り立たない演技があるのだとしたら、やはりそれは残すべきだ、と思うんだよね。そうやって創って行くと作品自体がかけ算になってふっくらと豊かになっていくんだよ。そこに最近気付いたんだよね。そうするとさー、あーまだボクにも人生の中で知らないことがあった!!って嬉しくなるんだよ。そして、気が付いてよかったー!!って。こんなことにも気が付かないで死んじゃったら、ただの傲慢な嫌なじじいで終わってしまったけど、間に合ってよかったーって(笑)。そして、まだまだ先があるなーって思えるから嬉しいんだよ。
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t
具体的な転機があったんですか?
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n
特にコレというものはなかったけど、外国で仕事をしたということは大きかったかもしれない。"蜷川"という付加価値が付いていないところでやらなければいけなかったから、取り付くより素っ裸になる方が早かったんだよね。それに論理的にうち勝たなければならない。そうすると90%位は勝つんだけど10%位は俳優の方がいいときもあるんだよ。外国では稽古を始める時に手を叩かないで、俳優がよくなるまで演出家は待っているんだけど、その時に号令をかけて仕事をするよりその人から出てくるものを待っていた方が作品が豊かになるなあ、と思ったんだよね。その時に自分の仕事が全てだと思ってはいけないと思った。そうやって一つ一つトーナメント戦のように勝ち抜いて行かないと外国では続いて行かないんだよね。そういう中でもう一度裸の自分からやり直さざる負えなかった。それと自分はいつも「もっともっと凄い人になりたいなあ。」って思っているんだよ。欲望が強いからね。
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t
蜷川さんの言う凄い人ってどんな人ですか?
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n
喜びや哀しみの種類が沢山あって、それが全部読みとれる人。そして、自分の想像力以外のものを想像出来る、あるいは体験出来る人間であり続けること。まだ進行形でいる。老いるから終わるのではなく、老いたから見える、ということを信じたい。そういう自分であり続けたいなあ、と思うんだよ。でも微妙なのは、年を取ると色んなことが見えて来る分、難しくなるということもあるんだよね。
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t
それはどういうことですか?
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n
拒絶すべきことも受け入れてしまうことがある、でも戦わなければならない・・・。色々な人の色々な世界が見えてくるとその大変さまで見えてしまうから言えなくなってくるんだよね。でも、戦わなくてはならない・・・。一つの作品を創るということは闘争だから、やっぱり色々なことに傷つくよね。でも、それは人のせいではなく、自分せいだから・・・。
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t
そういうことを考え出すとわからなくなることがありませんか?作品を創るということが自分のエゴから来るモノなのか、と問われると決してそうではないんだけど、実際にその為にいろいろな人を傷つけていたりもする・・・。これってやっぱりエゴなのかな・・・とか・・・それに作品を創ったからってどれ程のものなの?と問いだたされると、おし黙ってしまう自分もいたりして・・・でも、やめられない・・・きっと、これってモノを創る人達の業ようなものなのだろうなあ・・・と思ったりするんですけど・・・
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n
それはまったくその通りだね。でも、そのどうどう巡りをやっぱりやるんだよね。そこでのジャッジは本当に難しい・・・。でも、それが出来るうちはまだまだ現役なんだなあ、と思うことにしている。
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t
私はこの芝居が終わって、さらにいろいろな課題を見つけることが出来ました。
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n
ホント?
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t
はい。今回初めて芝居に入って、いかに自分は役者として当然出来なければならないことが出来ていないか、ということに気付かされました。
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n
ボクねー。それはあんまりそうは思わなかったよ。以外と柔軟性があるな、と思った。脱ぐ脱がないの問題ではなく、飛び込む潔さ。そして、それをさらに一枚自由にしたな、と思った。だから、これでこの後少し自由になれるぜ、と思ったよ。きっといろんなことが出来るようになっていると思うよ。単純に役の選択幅もそうだろうし・・・。あやうくいいお嬢さんとまりになってしまうところだったけど、それを壊す突破口になったかなあ、って。ボクは技術的なものは大したことではないと思っているんだよ。それは一、二回経験すればすぐに出来るようになるだろうから。だから是非2年に一回くらいは芝居をして、外国の客に、そして劇評のものすごさにさらされないとね。そして、世界には優れたいい女やいい男が一杯いるから一緒に海外に行きましょう!!
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t
はい!!
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