mayu tsuruta | ryutaro kaneko  2/3 +profile
top | dialogue |
 
 
レーゾーンの使い分け
 
kaneko  そのへんのチャンネルの切り替えとか、あるいは白黒にしないでグレーにしておいて、そのグレーのバランスを使い分けたりとか、そういうコントロールが出来るようになってくると、すごく面白いと思う。
tsuruta  そうだね。ボイストレーニングしている時とかも、これに似たような感覚があって、“あ、これだ!”って思った瞬間にその声はどこかに消えてしまうの。
k  だから、出来るだけ意識を自分の感覚にフォーカスさせておくというのがポイントなんだと思う。
t  そうだよね。“あ、これだ!”と思った瞬間っていうのはスイッチが頭(=左脳)に切り替わっているということだもんね。
k  そう。だから、どれだけ途切れないように意識を感覚に置いておくか、ということがキーになるよね。そこにずっといれるかどうか。
t  うん。それが使いこなせるようになってはじめてプロだな、って思うんだよね。歌手でも役者でもミュージシャンでも・・・だから、まだまだ自分はプロじゃないな、って思う時がある。
k  だいだい自分で“気”なんて信じないよ、って言っている人でも、みんな表現している時には“気”が出ているんだよね。でも、それを意識してやった方がより効果的に“気”を使えるんだと思う。出力を小さくして効果はもっと大きく出来るといったような。
t  そうだよね、あのワークでも力を抜けば抜くほど体の力は強くなっていったじゃない。例えば、自分が楽に立っている時の方が体がずしんっと重くなっているというような。その辺がわかってくると無駄がなくなるよね。


“力”と“力”の意味違い
k  “力を抜いた方が力が出る”という時のこの2つの力って意味が違うでしょ?最初の力は“筋力”を意味しているの。筋肉の力は出来るだけ抜いた方がいいんだよね。それで後者の”力”は中国だと”勁力(けいりょく)”っていって、かなり大雑把にいうと”自然の力”ともいう。じゃあ自然の力って何かというと、いくつかあるけど特に重力なんだよね。大きな支配を受けている重力を利用するための大前提は”体を緩ます”ということなの。寝ている赤ん坊や酔っぱらいの体がぐにゃぐにゃなのにすごく重いのは、重力に逆らっていない、つまり自然の力に委ねている状態なわけ。逆にいえば力んでいればいるほど軽く不安定な体になるから、それは重力に逆らっているので自然に反した状態ともいえるのね。
t  でも体重は変わらないのに重さが変わるように感じるってどういうことなんだろう?
k  う〜ん。例えば、同じ重さのものでもコンパクトに梱包してあるものと、ビニールの中にぶにょ〜っと水が入っているものとでは体感する重さは違うよね。
t  なるほど。
k  人間も70%位は水だと言われているでしょ?だから、筋肉をきゅっと固くすることによって細胞もきゅっと固くなってしまい、重力にそわない状態を作ってしまうことになるんだよね。例えていうならペットボトルのような固い容器に入っている水と柔らかいビニール袋に入っている水とでは同じ量の水が入っていたとしても重さは違うでしょ?そういう感じのこと。
t  なるほどねぇ。じゃあ、体を緩ますということを自分の仕事にどういうふうに活かしていこうとしているの?


い“音”ではなく、優しい“音”を
k  太鼓を演奏すること自体が肉体表現なわけで、じゃあ、どんな音を表現したいかと言った時に、自然の木と動物の皮の命をお借りして楽器を使っているわけだから、そういった性質を充分に引き出し出した音にしたいと思っているんだよね。そうしないと木も動物も成仏出来ないしね。(笑)だから、そのためには叩く側がいかに自然な状態になっているかということがとっても大事になってくるんだと思う。じゃあ、自然の状態って何だ?って話になると、さっきの話に戻っていくけど“緩む”ことによってより自然な自分に近づいて行くということになっていくんだったら、そういう音を出そうとした時に、自分自身が緩んでいるということが一番いいんじゃないかと思っているんだよね。
t  具体的には“体を緩ます”ということを試みるようになってから、音はどういう風に変わった?
k  まずは大きな音を出しても“痛い”音ではなくなってきた。柔らかい音になるんだよね。もう一つは遠鳴りするようになったね。音って近くで聞くとガチガチに打っても迫力があるからそれで誤摩化されちゃうんだけど、そういう音って遠くで聞くと線が細くなっちゃうんだよね。でもしっかり太鼓の皮を鳴らして、胴を全部鳴らして、、周りの空気まで“気”のレベルで鳴らせるようになってくると全然響きが変わってくるんだよね。まぁ、全然って言っても素人の人が聞くとすごく微妙なものなんだとは思うけど。
t  叩いている時の感じは?
k  叩き手の感覚でいうとバチが太鼓にめり込んでくる感じがある。本当に0,000、、、1ミリ位のことなのかもしれないけど、その感覚はものすごくリアルにわかる。
t  それはこっちがオープンになると相手もオープンになるっていう関係性と同じなのかもね。わからないけど、木や皮にも命があるとしたらそういうことって通じるでしょ?
k  そうそう、よくバチに命を込めるとか、楽器に命を吹き込むなんていうけど、その命って何だって言うと波動だからね。モノの側はそのままの状態でそのものの波動なわけだから、叩く側がその自然の波動に近づけば近づくほど共鳴し易くなるということなんだよね。それが、太鼓と一体になるという本当の意味なんだと思う。例えば太鼓を叩くという肉体的動作によって、ランナーズハイのようにハイになっていくというのはある種トランスかもしれないけど、太鼓と一体になるのとはまた別の話なんだと思うんだよね。
t  そうだね。それって何だか自分勝手のような気がする。
 

(c) TSURUTAMAYU 無断転載・引用を禁止します。

<< | top | dialogue | >>