mayu tsuruta | kiyoshi sasabe  2/3 +profile
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者と役の境界線
 
tsuruta  いつも難しいなと思うのは、感じていることとかココロの様子のようなものは形のないもので・・・でも、映画っていうのは・・・う〜ん、絵を描くこととかもそうだし、文章を書くこととかもそうだけど、その形のないものを形にして、その形のないものを感じさせなければならないですよね?その形にする時の変換の仕方のようなものにはやっぱり技術も必要なわけで・・・.その作業はいつも難しなぁ、と思います。だって、それはいつもそういうことを感じていれば出来るのかというとそうでもないし。
sasabe  そうだね。僕は他の人の作品を見た時に“なるほどなぁ”と思うことは自分の机の中の引き出しに仕舞って置くかなぁ?さっきも、これは「北の国から」のパクリなんだぁ、なんて言ったけど。(笑)それと、対俳優さんに接する時はあんまり全部を構築して作ろうとすると上手くいかないことが多いよね。だから“鵬楽”という焼き肉屋さんを設定することによって、そこの空気を鶴田真由という女優さんが感じて、美里という役になっていってくれるといいなぁとか・・・そこには衣装にあっぱっぱーを着て下さいなんてこともあるんだけど。(笑)お母さんをやってくれた奥貫さんの場合も、なんか上手い具合にその役と奥貫香が混ざちゃったというか・・・「半落ち」の時に寺尾さんがそういう状態になることを“溶ける”と表現したんだけど、鶴田真由という個と美里という役が溶けるためにはどうしたらいいかなぁ、というのはいつも考えていて、僕なりの方法論は持っているつもりでいるんだけどね。

t  演じているほうも“溶けられた”ときは気持ちいいです。そう言う時に感じるのは、例えば鶴田真由を現すワードがPCに打ち込まれていて、それを美里にするためにメイクの人がアイラインを一本を入れると、そこにその美里ワードが一つ打ち込まれる、変換を押すと文字列がダーッと変わる、衣装を着ると、またその美里ワードが打ち込まれ文字列が変わる・・・そうやって繰り返しているうちに、皮膚の細胞が美里に変換されて行く感じがする時があります。そして、その状態のままセットの中に入って相手役の人と芝居の交感が始まると、また変わって行く・・・みたいな・・・なんか、言ってることわかります?
s  わかるかかる。

t  素晴しいスタッフに囲まれて、いい現場に入らせてもらった時には時々そういうことを感じることがあります。そして本に書かれている感情の流れに嘘がないと、そこに上手く乗って行かれる、というか、上手く乗って行かれるような気がするというか・・・。なので、結局役者って何かなぁ、って思うと“みんなに創ってもらって、そこに入っていくだけなんだなぁ”って思うことがあります。あ、だから監督にいつも“考えてない”って言われちゃうのかなぁ?(笑)
s  あはは(笑)。僕はね、せっかく鶴田真由という女優が演じるんだから美里になりきらず、鶴田真由を残して欲しいなぁ、と思うんだよね。1シーンの中の数カットは「あれ〜?鶴田真由なのか美里なのかぁ?」なんていうのがある方が楽しい。このぎりぎりをいつも撮りたいなぁ、と思っているんだよね。その方が血が通って人の匂いがいっぱいしそうな気がするの。それは「北の国から」というドラマで杉田監督についている時に勉強したんだと思う。だって「北の国から」の中では吉岡くんなのか純くんなのかわからなくなるでしょ?
t  ほんと、そうですね。(笑)

s  そうすると人はぎゅーっといっちゃうぜ!というのをいっぱい助監督時代見て来たんだよね。でも、逆にそれをやりすぎちゃうとテクニックとは関係ない映画作りになってしまうような気もするので、やっぱりそのぎりぎりの所を撮っていきたいんだよね。それが出来てきて、重なってくるといい映画になっていくのかなぁ、って。今回もそれぞれの役者さんとその役の部分が上手く重なっていて、上手くいったかなぁ、と思っているんだけどね。最初に藤村志保さんとお会いしてお食事をした時に、なんて可愛い人なんだろう、と思って、その可愛らしさを出したいなぁ、と思ったんだよね。その可愛らしさは今回出ていると思うんだけど。

t  でも、役者は自分とまったく違う役を演じることが出来るんでしょうかねぇ?私の場合はやっぱり本をもらった時に「あ〜、こういう考え方わかるかわる!」とか「こういう考え方は好き」とか自分の中の土台になっているものから想像出来ないと役を演じられないような気がするんですけど。

s  そういう風に構えずにふわっと演じられることはいいことだと思うんだよね。それが僕のいう「何も考えてない」という言い方になっているんだと思うけど。(笑)でも、中には細かにきちっと作ってこられる俳優さんもいて、そう言う時は逆に削いで行かなければならないこともあるから時間がかかってしまうんだよね。でもそれが自分の持ち味としている俳優さんもいるからねえ。でも、僕はあまり作られているものが好きじゃなくて、なんか嘘っぽい感じがしてしまうので削いで、削いでってやってしまう。

t  今回出演していた橋龍吾くんも芝居をしてないような芝居でしたね。
s  そうそう、今回撮影中みんなに「監督、橋くんの芝居好きでしょ?嬉しそうだよね。」って言われたんだけど、まさにその通りで、彼の立ち振る舞いや台詞まわし、って何処まで橋龍吾でどこまで金田くん(役名)なのかわからなかったでしょ?そこが僕にはいっぱい感じられたんだよね。

t  そうですねぇ。どうして、ああいう風に演じられるんだろう。
s  そうだよねぇ。あれはひょっとすると橋くんのテクニックなのかもしれないんだけど・・・あれがテクニックだとすれば僕は凄いなぁ、と思うね。
t  どういうメンタリティーをもっているとああいう風に演じられるでしょうね?
s  う〜ん、おそらく彼は俳優になろうという欲がないんだと思うんだよね。
t  あ〜。だから見せようとかやろうとしていない、ということですね。
s  うん。“欲”があると、もっとこうやってやろうとかいうことを器用に見せられるんだけど、そうじゃないから自然体にふっと立っているんだよね。
その佇まいがとってもステキだなぁ、と思っていたんだよね。
 

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