mayu tsuruta | kenji babasaki
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  ー架け橋としての存在感覚ー
tsuruta  ダライ・ラマさんはまだ子供の頃に"君はダライ・ラマの生まれ変わりだ"って突然言われて、そこからものすごい勉強と修業をしなければならなくて、「なんで僕がダライ・ラマなんだろう」って自分がダライ・ラマを受け入れることに抵抗があった時期というのはなかったんですかね?
babasaki  うーん、どうなんだろう。これは自分で話してられることだけど、まだチベットのラサにいらした頃はポタラ宮からいつも双眼鏡で下の街を眺め、子供達が遊んでいる様子をみて「あー、あんなふうに遊びたいなー」って思っていたらしいよ。当たり前だよね。まだ、子供なんだもん。でも遊ぶ時間とかはあったみたい。側近とだけど・・・。でも、稀に一般の人々と接する機会があると、よくいろいろな人に声をかけていらっしゃる。

t  自分がタンカを描くことによって、いろいろな意味で"架け橋"になっているという感覚はありますか?
b  そんなに意気込んでいるわけではないけど、自然にそうなっているんだろうな、という感覚はある。日本とチベットを往復しているのもそういうことかもしれないし・・。結局、日本に仏教があるのに誰も目覚めていない、と言った状況でしょ?だからもう一度目覚めて欲しいとは思う。だって、タンカを見ることによって絶対にそういう意識は出てくるからね。そのきっかけになれば幸いだと思うよ。2500年も続いた宗教なんだもん、悪いわけないよね。

t  インドに行って、シバ神の9番目の生まれ変わりにブッタがいたことには驚きました。
b  そうそう、イエス・キリストだってヒンドウー教の神様の一人なんだよ。本当に懐が深いよね。そういう国だからこそ1959年にチベット人が亡命してきた時も受け入れることが出来たんだと思う。あれがイスラム教だったら絶対に受け入れないでしょ?だからインドは本当にすごい!だって、本当はどの宗教も行き着くところは同じなんだもんね。

t  ダライ・ラマさんも自分の国の宗教を大事にしなさいって言ってますね。
b  あの人のすごいのはチベット密教が一番だとは絶対におしゃらない。なんでもいい、でも私はこれですって手の内をお見せになるだけ。

t  ダライ・ラマさんと一緒に亡命してきたチャンパラさんの元で修業していたわけですけど彼から一番教わった事は何ですか?
b  英語を喋れなかったから殆ど会話をしていないんだよね。だから言葉で教えてもらったことは一つもない。でも、いつ行ってもキャンバスに向かっていらして、その姿を見たときに絵師とはこうあるべきなんだって思った。あんなにすごい絵なんだもん。やはり片手間には出来ないよね。だからタンカを描くにはいい加減な心持ちでは出来ないと思った。結婚もしていたし、そういう意味では俗人だったけど、朝早く行けばお経を読んでいたし、僕からみたらもうお坊さんと同じだよね。でも、チベット人ってみんなそうなんだよ。おじいちゃん、おばあちゃんはみんなコラというウニョウ道をやっているし。あれは、老後の最高の過ごし方だと思うよ。肉体的に歩き周り、精神的に真言を唱え。朝一回、昼一回、夕方一回って一日三回やるんだもん。

t  "死者の書"によってナビゲートされて死んでいく人というのはどのぐらいいるんですか?
b  チベット仏教には4つの宗派があって、ダライ・ラマ法王のはゲルク派、そしてサキャ派、カギュー派、ニンマ派。その最後のニンマ派という宗派で一番珍重されているお経なんだけど、普通のゲルク派なんかは"死者の書"に対して特別な修業をするわけではないんだよね。だから普通の人が死ぬ時はそこまではやらない。でも、もう死ぬまでにはみんな心の状態がそうなっているからね。

t  馬場崎さんの死に対するイメージはどんなですか?
b  うーん、死ぬ時にはなんでもないものになっていたいね。

t  現時点では?
b  はっきり言うとあんまり実感がなくてよくわからない。

t  死ぬのは恐いですか?
b  恐いというのはないかな。

t  早く死にたいという気持ちは?
b  まだまだやりたいこといっぱいあるからねー、まだ死ねないんじゃないの?

t  生まれ変わりたいですか?
b  ・・・・うーーん、悟らない限り生まれ変わるでしょうね。


 

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